※ムビチケ利用での座席指定は、「ネットで座席指定する」「映画館で座席指定する」の2種類があり、ご利用いただける映画館が異なりますのでご注意ください。対応映画館については こちらをご確認ください。

1955年に開館して以来、累計8000万人が訪れた広島平和記念資料館、通称”原爆資料館”。
2万2000点を超える遺品や資料などを収蔵し、2006年には本館建物が戦後建築として初めて国の重要文化財に指定された。2025年度には年間入館数が250万人を超え3年連続で過去最多を更新。うち約4割が外国人であり、かつてはマザー・テレサ氏、ダライ・ラマ14世、キューバのフィデル・カストロ議長、オバマ米大統領など数々のVIPも訪れ(役職はいずれも当時)、核兵器の危機が高まる中、世界からの注目度も益々高まっている。
「もう二度と原爆の惨禍を繰り返してはならない」と原爆で溶けた瓦や石といった瓦礫(がれき)を集め、市内の公民館で「原爆参考資料陳列室」を開いた地質学者・長岡省吾の執念と努力によって誕生し、高橋昭博や川本義隆など命を賭して自らの被爆体験を語り続けた歴代館長たちに支えられ続いてきた。各国の要人たちが資料館を訪れ原爆被害の惨状を直接感じてもらうことを重要視する中、2016年にはアメリカのオバマ大統領の訪問が実現。2023年にはG7サミットの開催地が広島に決定した。核保有国のトップたちが原爆資料館を訪問することが決まり、関係者たちは期待を寄せるが――。
広島国際映画祭2025でクロージング作品としてプレミア上映され、第17回座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバルではコンペティションに入賞した注目作。資料館の70年を超える歴史から、現在の形となった軌跡をいつか形にしたいと長年構想を抱いていた広島ホームテレビの立川直樹と、55年にわたるのべ100時間を超える取材映像を一から見直し、貴重なアーカイブ映像を掘り起こした若手の斉藤俊幸の2人が、あらたな証言も加え、広島にも縁の深い石橋英子の音楽とともにひとつの作品に結実させた。国際情勢が大きく変化しようとしている今、核の恐ろしさと平和を静かに訴え続けてきた原爆資料館が語るメッセージとは。

原子爆弾による被害の実相をあらゆる国々の人々に伝え、ヒロシマの心である核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に寄与することを目的に1955年に開館、通称・原爆資料館。
被爆者の遺品や被爆の惨状を示す写真や資料を収集・展示するとともに、広島の被爆前後の歩みや核時代の状況などについて紹介し、収蔵されている被爆資料は2万2000点以上にのぼる。被爆者による被爆体験講話会などのほか、平和学習のための資料の貸出しも行っている。
2019年4月、1955年の開館以来3度目となる大規模リニューアルが行われて以降、被爆資料や写真、被爆者が描いた「原爆の絵」など実物資料を中心に展示。資料は原爆投下から80年以上が経過し、被爆して損傷が激しいものもあるうえ、長期間展示してあることで劣化する可能性があるため、それを防ぐための措置としておよそ1年に1回(展示品によっては年に2回)入れ替えを行っている。

文部科学省選定(小学生、中学生、高校生、青年、成人、家庭向き)
2025年|日本|101分
©広島ホームテレビ
監督 ⻫藤 俊幸(さいとう・としゆき)
12代館⻑の志賀賢治さんを取材した際、『何を⾒せたくなかったのか』と悔しがる志賀さん姿に接し、その意味を掘り下げたいと映画を製作に携わることになりました。100 時間を超える資料館に関する⾃社のすべてのアーカイブ映像を⾒返して、使える映像を探すのが私の担当でしたが、未放送の映像の中には、今の私たちに響く館⻑たちの⾔葉がたくさん残っていました。海外の戦争博物館には武器などが展⽰されていますが、原爆資料館は市⺠から寄贈された遺品で成り⽴っている⾮常に特異な存在で、本作を通して、世界中の⼈たちに資料館を知ってもらうきっかけになればと願っています。
プロフィール
広島ホームテレビ報道部。広島市出身。2021年入社。警察担当を経て広島市政担当。日々の取材活動に加えて、ドキュメンタリー番組を制作。22年、中四国制作者フォーラム制作者特別賞。23年「原爆資料館 閉ざされた40分〜検証G7広島サミット〜」でギャラクシー賞月間賞、民放連盟賞優秀。
監督 ⽴川 直樹(たちかわ・なおき)
原爆資料館の展⽰は多くの⼈々の思いを背負っていて、核兵器が使われるかもしれない世界情勢の中だからこそ、その重みを伝えていかないといけない、いつかやりたいと頭の中で構想を抱いていた作品でした。訪れる来館者に、理屈抜きで「絶対にだめだ」と感じさせるぶれない軸が資料館にはあります。そういった資料館の姿勢を、この作品を通して伝えられたらと思っています。そして10年20年、50年と、原爆資料館とセットで観ていただきたければ幸いです。
プロフィール
広島ホームテレビ報道部長。2001年入社。原爆・防災・地方政治などをテーマにドキュメンタリー を延べ30本ほど制作。09年「オバマに核廃絶を宣言させた男たち」でプログレス賞優秀賞。13年「3500通のグルチャの果てに…」でギャラクシー賞月間賞。23年「原爆資料館 閉ざされた40分」プロデューサー。24年「#つぶやき市長と議会のオキテ【劇場版】」プロデューサー。

※ムビチケ対応映画館について ◎:ネットで座席指定が可能 ○:映画館で座席指定が可能
| 都道府県 | 劇場名 | 上映期間 | 電話番号 | ムビチケ対応 |
|---|---|---|---|---|
| 北海道 | シアターキノ | 2026/8/1(土)〜8/7(金) | 011-231-9355 | ○ |
| 都道府県 | 劇場名 | 上映期間 | 電話番号 | ムビチケ対応 |
|---|---|---|---|---|
| 山形県 | 鶴岡まちなかキネマ | 順次公開 | 0235-64-1441 | ○ |
| 都道府県 | 劇場名 | 上映期間 | 電話番号 | ムビチケ対応 |
|---|---|---|---|---|
| 東京都 | ポレポレ東中野 | 2026/7/18(土)~ | 03-3371-0088 | ○ |
| 神奈川県 | 横浜シネマリン | 2026/8/1(土)〜 | 045-341-3180 | ○ |
| 神奈川県 | 川崎市アートセンター | 2026/8/8(土)〜 | 044-955-0107 | ○ |
| 神奈川県 | あつぎのえいがかんkiki | 2026/8/7(金)〜 | 046-240-0600 | ○ |
| 神奈川県 | シネマアミーゴ | 順次公開 | 046-873-5643 | |
| 埼玉県 | OttO(オット) | 順次公開 | 048-871-8286 | ○ |
| 群馬県 | 前橋シネマハウス | 2026/8/1(土)〜8/14(金) ※火曜休館 |
027-212-9127 | ○ |
| 栃木県 | 小山シネマロブレ | 2026/8/7(金)〜8/13(木) | 050-3196-9000(音声ガイダンス) | ○ |
| 栃木県 | 宇都宮ヒカリ座 | 2026/9/18(金)〜9/24(木) | 028-633-4445 | ○ |
| 都道府県 | 劇場名 | 上映期間 | 電話番号 | ムビチケ対応 |
|---|---|---|---|---|
| 長野県 | 長野相生座・ロキシー | 2026/7/31(金)〜8/13(木) | 026-232-3016 | ○ |
| 長野県 | 上田映劇 | 2026/8/14(金)〜 | 0268-22-0269 | ○ |
五十音順・敬称略
身構えてしまいがちですが、反戦や平和を訴えかける映画ではありません。資料館創設者の思いや、それを受け継ぐ館長や家族たちの日々、貴重な記録映像を淡々と、粛々と映し出していきます。だからこそ、静かに心を揺さぶられます。さまざまな考えや立場がある今だからこそ、「知ること」や「語り継ぐこと」の意味を改めて考えました。何度も足を運んでいる原爆資料館ですが、また新しい気持ちで向き合いたくなりました。
東 ちづる
(俳優)
モノは、あるだけでは、何も語らない。 物語を添えることで、初めて語り出す…。
原爆資料館を支えてきた人々の息遣いが、耳元で聞こえる…。 それは、歴代館長と学芸員が展示物に込めてきた、魂の物語だ。 その熱意、その執念、その限界、そして、その希望…。
戦後81年…。
「原爆資料館」の開館から71年…。
戦禍と蛮行に遭遇している世界…。
<これでよかったのか><これからどうする>
戦後日本=私たちの生きる道を、本作は深く問い掛けている。
阿武野 勝彦
(『オフィス むらびと』代表 / 東海テレビドキュメンタリー劇場プロデューサー)
大国がゲーム感覚で戦争を起こす時代に、唯一の被爆国である日本が果たさなければならない役割は存在する。かつてドイツの首相ワイツゼッカーは、ホロコーストの歴史を踏まえて次のような言葉を残した。
「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目となる」
日本政府に被爆国としての責任を果たすよう働きかけるのは、私たち国民一人ひとりなのである。
石井 光太
(ノンフィクション作家)
広島、長崎で、人々の上に核爆弾が落とされ炸裂した。
あれから80年以上経って、人類はあの惨劇を約1万2千回も起こせるだけの核弾頭を持っている。力を力で牽制し競争し続ける核抑止論がこの現状を生み出した。
軍需産業に関わる全ての人間、核保有国、そして日本の為政者はこの映画を観るべきだ。
ありし日の戦前のように為政者が国を守るためと勇ましい言葉を並べ、さも戦うことが当たり前のように語りはじめている今の世の中に、劇中に出てきた「戦争はかっこいいものではない。みなさんの死に直結するものですよ」この言葉を何度でも投げかけたい。
誰も殺されない、誰も殺さなくていい世界を私たちの手でつくっていく。平和憲法が掲げるように私たちは”武力を永久に放棄する”んだ。この映画を観て決意を新たにする。
eri
(デザイナー・アクティビスト)
40歳を過ぎて、初めて原爆資料館に行った。ぐったりと重い気持ちのまま建物を出て、それまで訪れていなかったことを深く恥じた。本作を観て「もう一度行かねば」と強く思った。歴代館長、スタッフ、そして被爆者の思いを映画にして残すと決めた地元放送局の気概に、胸を打たれる。それにしても2023年のG7広島サミット、あれは何だったんだ? 資料館への冒涜ではないか。
大島 新
(ドキュメンタリー監督)
「悲しみは言葉に出せ」とシェークスピアは書いた。
しかし我が身に何が起きたかも分からぬまま、存在を消し去られた数多の被爆者は悲哀、憤怒、無念の情を言葉に紡ぐことすら許されなかった。
被爆遺品に魂の叫びを聞き、隠された人間性を感じ、彼ら彼女たちとの静かな対話を重ねる―。そんな営為を今日まで続けてきた主人公たちの姿に畏敬の念を覚える
太田 昌克
(共同通信編集委員)
被爆者の皆さんひとりひとりのお言葉を紡ぎ、
未来を担う子供達へ命の重みを伝え語り繋ぐべく、
尽力くださったスタッフの皆さんに感謝致します。
このドキュメントが世界中の多くの方々の心に届き、
平和な日常を守り抜く力になることを祈ります。
吉川 晃司
(ミュージシャン・俳優)
ひとりひとりの強い想いが、人の手から手へと受け渡され、いま、ここへ届くことの凄みが、ここには記録されている。
小林 エリカ
(作家・アーティスト)
こんな社会に、どんな社会を目指すべきなのか。
広島からの問いかけはずっと変わらない。
真っ直ぐな問いが続く。
「平和」を形にするのは今を生きる人たち。
ならば、私もあなたも、この問いを避けてはいけない。
武田 砂鉄
(ライター)
決して忘れてはならないことを懸命に語り継いできたものたちの想いを、記録し、伝え継ぐこと。 そのバトンを決して切らさないというローカルメディアの矜持が1本の映画として結実し、いまこの世界に放たれることに、放送人のひとりとして最大限のエールを送ります!
土井 裕泰
(演出家・映画監督『花束みたいな恋をした』『平場の月』)
未来に継承されるべき素晴らしい記録映画。
核兵器を決して保有してはいけないという被爆者の叫びと広島の思いが、これまで資料館に足を運ばなければ見られなかった凄惨な歴史資料と関係者の声を丁寧に記録したこの映画とともに、地球の隅々まで届きますように
長野 智子
(アナウンサー)
歴史にヒーローは存在しない。一人一人が、少しずつ、つなぐ。でもその少しは、一人にとっては命がけ。「物」に隠された「人間」のストーリーを伝えるために、遺品がきっと核廃絶の「力になってくれる」と信じる人たちの物語。
畠山 澄子
(ピースボート共同代表)
当時、家のドアを開けた瞬間、「ピカーッ」と光が見え、「ドーン」と音がしました。「ピカドン」です。風圧で家は全滅でした。付近のブドウ畑に逃げた時、人が集まってきていました。忘れられないのは、熱で人肉が焼かれた臭いです。そして「うめき声、叫び声」。本当に苦しかったと思います。二度と戦争を繰り返してはいけない。悪夢の8月6日を、ずっと語り継がなければいけません。
張本 勲
(プロ野球評論家)
風化はあらゆるモノに起こる。それは雨に晒される物質だけではない。我々人間の頭の中でも起こる。私の中の風化しかけた「原爆」のために観に行った。記憶と記録を残そうと奮闘する原爆資料館はまさにその風化に抗うためにある。館長が代わり世代が変わり社会が変わる現場の抗い。観てよかった。ヒロシマ、ナガサキのことはこうしてたまには思い出さなければならない。
古舘 寛治
(俳優・監督)
坪井さんがよく言われた、100年先、1000年先ころに、あれは昔話で終わることがないことを願っています。遺品で沢山の子供たちの衣服、三輪車、写真を見るにつけて国家が戦争を起こす。国民、子供たちが犠牲になるその姿が見えます。
箕牧 智之
(日本被団協代表委員)
負の歴史を刻んだ物たちと、託した者たち。
それらを受け止め、この場所をつくってきた者たち。
そして、それをずっと見つめ、記録してきた者たちがいた。
圧倒的なアーカイブ力と取材力が、
わたしたちに重い問いを突きつける。
わたしはそこに、
オールドメディアの底力と、
ローカルメディアの矜持をみた。
宮崎 園子
(フリーランス記者)